推敲に推敲を重ねる酔狂
2022.06.11
なかなか辛い時間だった。
締め切りは既に過ぎているのに、僕ができることはただ名案が閃くのを待っているだけ。
良いものを作らなければならないというプレッシャーの中、同じアイディアが何度も巡る。
「やっとできたっ! 最高だぜ!!」
そう思ったのも束の間、朝起きれば自分が必死の思いで描き上げたものは一夜の夢でしかないことが分かる。
自分の能力に絶望する瞬間だ。
僕は今アニメを制作している。
卒業間近にして留年。内定先の人事の方に本当に寛大な対応を頂き、半年の猶予をもらった。お世話になった人事の方々のために、そして自分の夢のために使おうと考えた結果、僕はアニメ制作をすることに決めたのだ。
当然ながら、趣味でやるのとはわけが違う。だから緊張感を作るために、総勢20人以上の友人もしくはほぼ他人の知り合いに、自分の作品を見てもらうことをお願いした。加えて、より良いアニメを作るためにスケジューリングが大切だという事を前回のアニメ制作から学んだ僕は、綿密なスケジュールに遅刻への罰金システムを組み込み、友人に有償で監視の依頼を頼んだ。もはや昼飯を食べているのももったいない。絶対にいいものを間に合わせないといけないというプレッシャーの中、毎日アニメ制作に向き合うことなる。
それはなかなか幸せだ。
しかし同時に、大きな壁にも向き合うことになった。
事の発端は、プロの編集マンにアニメの漫画原作を見てもらった時だ。この時まではスケジュール通り快調に進んでおり、漫画原作については創作友達にも確認をもらって「面白い」というお墨付きもすでに得ていた。だから僕は、今夜の話し合いは確認だと思っていたのだ。何事もなく終わるだろうと、ほとんど確信にも近い予測を勝手に立てていたのだ。
そんな姿勢で挑んだMTGは以下のような模様であった。
編:「全然ダメですね」
私:「はぁ」
編:「まぁ目的にもよりますが……、この作品は中華そばです」
私:「はぁ」
編:「別にまずくはないけど、ほとんどの人が好き好んで食べようとはしないですね」
私:「はぁ……」
私:「……」
私:「(……え、マジで?)」
これは前置き。ここから怒涛の砲撃が始まる。それは技術的な話になるので割愛するとして、MTGが終わる頃には、僕は灰になっていた。乾ききってサラサラで木端微塵な、いい灰だったのではないか。
ここから、僕の苦悩の日々が始まる。
まず僕は、彼の言うことを参考にTwitter漫画の分析から始めた。そしてそこから文字になる理論を組み立て、それを作品に生かそうとした。
「すごい理論を発見したぞ! これなら絶対面白くなる!!」
そう確信して、僕は描き直し作業に入る。ちなみに、彼に見せる前に、僕は既に2回の描き直しが済んでいる。これが、実質的に3回目の描き直しだった。
彼の的確なアドバイスのおかげで順風満帆に行くかと思いきや、ここで筆がピタリと止まる。
なぜか、面白くないのだ。
半分あたりまで描いた段階で読み直してみると、一番面白くなるべきところで全然面白くないのだ。
早くも行き先に暗雲立ち込める。おかしい……。理論通りにやってちゃんと脳内シミュレーションもしたのに、なぜ面白くならない?? なんでだ?
ここで一気に、僕はどん底まで落とされた。面白いものの作り方が、全く分からなくなってしまったのだ。頭の中で考えているもの、どれが面白いものでどれが面白くないものか、その判別が付かない状態に置かれてしまった。
要は自分を信じられなくなってしまった訳である。
既に締切は過ぎ、負債は1万円越え。スケジュール通りにいけば、既にキャラデと絵コンテを済ませ、作画に入っている段階である。予定に追いつかない限り永遠に負債は増え続ける一方だから、何としてでも早く漫画原作(脚本にあたる工程)を終わらせなければならない。
……なのに。
くっそぉぉおおおお!!
分からない。
分からないのだ。
どうすれば面白くなるのか、全然分からないのだ。
描き直しの回数は8を超えた。それでも、改善されているわけではない。あっちへこっちへ行って、居場所が分からなくなってしまっただけだ。新しいものを作るのをやめて、今回は泣く泣く中華そばで勝負するべきだったのだろう。しかし僕は、負債を増やしてでもストーリーにこだわりたいと思った。元々小説を書いていた人間でもある。例え絵が良くても、納得の行かないストーリーで勝負するのだけは絶対に嫌だった。
それが良い判断だったのかはわからない。
しかし勉強になったとだけは言っておこう。
僕はザコだという事を、この時心底実感した。
今思い出しても涙が出てくる。
夜を徹して9回目の描き直しを経てやっと納得のいくものができたのに、仮眠から目覚めてすぐ枕元で読み直すと、驚くほど「つまんな……」と思ってしまったあの瞬間。負債はドンドンたまっていくという緊張感の中、大量の推敲の上に立つその作品の、あまりの薄っぺらさ。ふざけんなと思った。
「追い詰められても、自分ってこの程度なんだな…」
自分の底力の浅さを、身に染みて実感した瞬間だった。
あれほど自分が弱いと思ったことは、これまでにもあまり無かったなぁ。
これから、かの編集マンとの次なるMTGが開催される。
今度こそは、ある程度納得のいくものができたと思っているが、それでも辛口な評価は免れないかもしれない。いやというか、辛口な評価がないわけがない。だって彼は実際に売れてる作品を出すプロで、僕はそんな経験のないあアマチュアなのだから。
まぁ、いいさ。
その時は、潔く負けを認めるしかない。
いくらザコでも、今の自分の力でできる最高をぶつけるしかない。
だが、次は負けん。
こっからだ。
こっから強くなってやる。
そしていつか、本当に面白い作品を作ってやるんだ畜生め。